東金に五代続く酢の醸造元があると聞いて訪ねてみた。
見なれた田園風景の中、普通の農家住宅のような生垣を抜けて鈴木酢店にたどりついた。
酢は酒や味噌、醤油と同じく発酵熟成させて造るもので、私たちの食文化には欠かせない。が、それにしても出迎えた鈴木酢店の作業場は、なんとも地味なのだ。
鈴木酢店の醸造する酢は、酒粕から造る昔ながらの製法。原材料の酒粕は、隣町で清酒「舞桜」を醸す守屋酒造さんの酒粕を使用している。3年かけて熟成した酒粕をお湯に溶いて麻袋へ入れ、舟「ふね」と呼ばれる木製の圧搾機で搾る。これに種酢、水、アルコールをタンクで合わせて静かに発酵を待ち、およそ3か月で酢が出来上がるという。
梅酢、柿酢、らっきょう漬…。冷蔵・冷凍技術が発達したいまの時代と違って、酢は様々な保存食を作る材料として生活に欠かせないものだった。まして、昔からイワシの産地であった九十九里地域にあって、ヤマニの酢は胡麻漬けなどの原材料として欠かせなかったのだろう。かつてはお酢の入った量り売り用の瓶を牛車に引かせて遠くまで運んだ。戦後、先代の頃などは江戸前の寿司屋が流行して、県内もかなり遠方まで営業に出向いた。
今の時代は先代が残した業販のお客様に加えて、健康志向のお客様が評判を聞きつけて、わざわざ他県からもやってくる。遠くから来てくれる客人に、主人の鈴木さんは丁寧に工程を説明しているという。
「インターネットの時代は面白い。」神戸に住む年配のお客さんが酢たまごを作るために見つけてくれた話、自分の体に合うといって山梨から取り寄せてくれる男性など、思いもよらぬところから出逢いが舞い込んでくる。ひっそりと看板も出さない醸造元と、遠くのどこかの食卓が確かにつながっているのだ。
昔から「たかくら(高倉)のすや(酢屋)」で通っているヤマニ酢。『みのりの郷東金』など、4合瓶で地元の店頭にも出ているが、馴染み客は当たり前のように一升瓶で買い求めるらしい。