むかしがたり
むかし、東金には、不思議な穴がいろいろあったそうです。山口の雄蛇が池の近くにのこる干段穴には、次の言い伝えがあります。
雄蛇が池には、雄の大蛇がいて、ふだんは、池の底深くに隠れていますが、ときどき、干段穴にいって休んだということです。
いつのころからか、村人たちがこの穴に向かってお願いごとをすると、必ず聞いてくれるという不思議な穴だったそうです。たとえば、
「私は、何村の誰々です。明日の朝来ますから、おぜんを二十組お貸しください。明後日、婚礼が終わりましたら、小豆三合といっしょにお返しします。」
と言うと、翌朝、きちんとおぜん二十組がそろって穴の前に置いてあったそうです。そこで、村の人は喜んで、そのおぜんを借りて帰り、約束の日に小豆三合をそえて返したそうです。
品物を返しても、小豆三合のお礼をしないけちんぼうや、三合を二合にけちった家には、必ず、親指ぐらいの氷片が、やりのように屋根につきささり、キラキラと光るので、近所の笑いものになったということです。
願いごとを聞いてくれると言うので、近所の村では『千段穴の神様』と、評判だったそうです。
そんなある日、ついうっかりして返すのを一日のばした人がいました。
その夜更けのことです。西の方から北側に’かけて、強い風が吹いて、
「早く返せ、早く返せ。」
と、返さなかった家の戸をガタガタたたきました。
家の人は、これに驚いて、小豆三合と借りた品物を持って、千段穴までころげるようにして返しに行って、
「すみませんでした。ありがとうございました。」
と、お礼を言いました。
すると、強い風がうそのようにぴたりとしずまり、返しに行った人は、干段穴の奥深く吸い込まれるような気分になったということです。
ところが、この千段穴のうわさを聞いたよその悪者が、ひともうけしようと千段穴にうそをつき、
何を持ち出したか知らないが、牛車で運び出していきました。
もちろん、返す気はなかったので、その次の晩から天気は荒れに荒れました。三日三晩、それはそれは強い風と雨が吹きあれました。いなびかりは、悪者を追いかけるように西から北、東から南とかけ巡り、たいへんな怒りようでした。
やがて、静まってから十日ほどして、風の便りに、悪者の家に雷が落ちて、その焼け跡から千段穴の印の『干』の宇のある茶わんなどが、たくさん見つかったと言うことが伝わってきました。
千段穴には、つい最近まで、一部残ったおぜんやおわんなどがあったそうです。
「壺閉めた」終
《寄稿》 醍醐野童(禁無断転載)